我慢すると馬鹿らしくなることはありませんか?
頑張りを評価されないとイライラして、次第に無気力状態になることがあるかもしれません。
何故、このようなことが起こるのでしょうか。
今回の記事では、我慢するのが馬鹿らしくなる理由と我慢せずに生きる方法についてご紹介します。
我慢するのが馬鹿らしくなる理由
まず初めに、我慢するのが馬鹿らしくなる理由についてご紹介します。
報われないから
我慢しても報われない時、急に馬鹿らしくなることがあります。
限界に達して、何もしたくなくなることがあるかもしれません。
我慢して他人のために尽くしても、相手は見返り通りの対応をしてくれないことがあります。
また、努力しても、夢が叶わないこともあるのが人生です。
我慢しても欲しいものが手に入らない時、頑張るのをやめたくなります。
やりたくないことをしているから
やりたくないことを無理にしていると、急に馬鹿らしく感じることがあります。
ふと我に帰った時に「やめても支障ないんじゃないか」と悟ります。
例えば、したくもない仕事をしていたり、嫌われたくないからと人に媚びへつらっていたりする時です。
本当に自分のやりたいことを見つけた時も、今していることが馬鹿らしく感じる場合があります。
誰も見ててくれないから
我慢しても、結局誰も自分を見ててくれない時も、馬鹿らしくなることがあります。
縁の下の力持ちのような役割でいる方こそ、誰にも気持ちが届いてないことを知ると無気力状態になります。
むしろ頑張っていない(ように見える方)がチヤホヤされているのを知った時、強い怒りを抱くことがあるでしょう。
自分がいなくても世界が回ることを知った時も、ふと馬鹿らしくなることがあります。
他人が羨ましくなるから
我慢することが馬鹿らしくなる理由は、他人と比較した時です。
似たようなことをしている特定の誰かが、自分よりも良い暮らしをしていると知った時、今自分がしていることに意味を見いだせなくなります。
自分の世界に入り込めなくなった時に、我慢ができなくなると言えるかもしれません。
我慢せずに生きるには?
我慢するのが癖になっている方こそ、何事にも、じっと耐える傾向があります。
楽に生きるためには、どのようなポイントを押さえていくと良いのでしょうか。
肩の力を抜く
まずは、肩の力を抜くことから始めていきましょう。それは、精神的な意味、物理的な意味、どちらもです。
例えば、根を詰めて仕事に取り組んでいる方こそ、休憩を意識して取ることを心がけてください。
特に重要なシーンでないなら、少し手を抜くことを忘れずに。
何かにプレッシャーを感じている状態が続くと、やはり辛いです。
体の筋肉がなくなったようにフニャンとした図を意識して、肩の力を抜くことを覚えていきましょう。
やめる努力をする
我慢するのが馬鹿らしいと感じた時こそ、やめる努力が必要と言えるかもしれません。
「自分がやらなければいけない」と思い込んでいるものを振り返ることが大切です。
例えば、完璧にしている家事や、気を使い過ぎている人間関係などが挙げられます。
生活でしんどいと感じる物事を少しずつやめる努力をしていきましょう。
嫌われる勇気を持つ
他人に好かれたいと感じる気持ちが強い方こそ、人一倍、我慢することがあります。
また、あなたが頑張ったところで、相手の気持ちを思い通りに動かすことはできません。
むしろ、我慢した姿が鼻について、嫌われることもあるほどです。
このように、自分で動かせないものに固執するのはやめましょう。
自分のために生きる方こそ、我慢することがなくなります。
自分自身と向き合う
我慢するのが馬鹿らしくなった時こそ、自分自身と向き合うきっかけになります。
何故そこまで頑張ってしまうのか、本質を見極めていきましょう。
過去の出来事や、家族との関係が絡み合っていることに気づく場合があります。
頑張りすぎている自分を許して、解放してあげましょう。
他人のせいにせず、自分自身と向き合うことで道がひらけます。
まとめ
我慢するのが馬鹿らしくなるのは、したくもないことをさせられている時です。
人生を楽に生きるために、自分自身を許すことから始めていきましょう。
今回は、我慢するのが馬鹿らしくなる理由と我慢せずに生きる方法についてご紹介しました。